どもども。
今回からは目的別にコンプレッサーの具体的な使用方法を解説していきたいと思う。
最初のお題はレベルの大小差を小さくすることを目的とした場合のコンプレッサーの使い方。
なぜレベルの大小差を小さくするのか?
よく「レベルの大小差を小さくして均等にする(聴きやすくする)」という言葉を見かけると思うが、なぜそんなことをしなければならないのか?
そもそもボーカルや生楽器をレコーディングした場合、最初から最後までずっとレベルが一定ということなんてあり得ない。
常に一定のレベルで歌い続けることができる超人なんてこの世の中に存在しないし、人間の声は発音する文字や単語によっても微妙にレベルが変化する。
それに、ボーカリストや演奏者は感情を織り交ぜながら抑えるところは抑える、声を張るところは張るといった具合に抑揚をつけて演奏する。
音の強弱(レベルの大小差)は生モノにとって必要不可欠なものでもあるはずだ。
この音の強弱のことを音楽の世界ではダイナミクス、その強弱の幅(音の大小差の広さ)のことをダイナミクスレンジと呼び、このレンジの広さがボーカルや生楽器の最大のセールスポイントであり、いわゆる「音楽的」に大事な要素となっている。
では何故そのセールスポイントをぶっ潰してしまうような処理をする必要があるのか?
それは音の前後の配置に関係してくる。
以前の記事でも解説したが、レベルの大小というものは音の前後をコントロールする要素。
例えば以下のような空間を構築したい場合、
各ソースのレベルに差をつけることで音の前後をコントロールする。
レベルが大きいほど音像は前に、小さいほど音像は奥に移動する。
ダイナミクスレンジというものを考慮した場合、各ソースのレベルは以下のような範囲で変動することになる。
ここでは例としてボーカルとギターのみに説明を絞らせてもらう。
レベルが変動するということは前後関係が変化するということ。
つまり、楽曲の途中で一番手前に配置したいボーカルが曲の途中でドラムの後ろに移動してしまったりという現象が起きてしまうわけだ。
こりゃ困る。
ということでミキシングをする場合、各ソースの前後の配置を安定させるために各ソースのダイナミクスレンジ(レベルの幅)を限定させてやる必要が出てくる。
イメージとしては下図のような感じ。
そもそも各ソースというものは、ボーカルやアンプ、太鼓の目の前にセットされたマイクで拾ってレコーディングされている。
こちらが作りたい空間に適したダイナミクスレンジになどなっていない。
これを自分がリスナーに聴かせたい空間に合わせてやるということだ。
どこを圧縮すればいい?
では、この目的を果たすためにはコンプレッサーでどこを圧縮してやればいいのかを考えてみる。
例えば以下のような波形。
1打目と2打目以降にレベルの差がある。
このレベル差を小さくしたい場合どこを圧縮したらいいだろう?
簡単だ。
以下の図の赤マル部分を圧縮してやればレベルの大小差を小さくすることができる。
・・・が、今回のような目的の場合、結果的に以下の図のように圧縮したい部分以外も圧縮の対象になるのが一般的。
これにはいくつか理由があるのだが、その辺については各パラメータの設定の解説と一緒に説明したいと思う。
いずれにしても、メインのターゲットは最初の図の赤マル部分であることには変わりはないので現段階では一旦忘れておいてほしい。
パラメータの設定
では、赤マル部分を圧縮するためにはコンプレッサーの各パラメータをどう設定したらいいかを解説していく。
レシオ
手っ取り早く具体的な数値を教えてほしいという人も多いかと思うので、最初に推奨値を書いておく。
コンプレッサーを使ったことのない人は「レベルの大小差を小さくしたいならレシオをInf(無限大):1にしてベタッと潰してやればいいじゃん。」と思うかもしれない。
確かにその通り。
以下の図のように、圧縮比率(レシオ)を無限大にデカくしてやればコンプレッサーはスレッショルドを超えた音を限りなく小さく抑え込む。
しかし、実際に試してもらうとわかるが、このような設定にすると非常にイケてない状態になる。
というのも、コンプレッサーで音を圧縮すると音質の変化を伴う。
そしてその変化はレシオの値が大きければ大きいほど比例して大きくなる。
軽~く1~2dB程度圧縮する場合であればこのような設定でもOKなのだが、今回の目的の場合それなりに音を潰してやらないとレベルの大小差は小さくできない。
レシオの値を極端に大きくしてそれなりに潰そうとすると、音質の変化が酷くて聴けたもんじゃなくなってしまうのだ。
今回の目的に一番合ってそうで、実は一番合っていない設定というわけだ。
このような設定は過度に大きい信号が入ってきたときに是が非でもレベルを抑え込むようなリミッター向けの設定と言える。
ボーカルや生楽器のように、極力自然な感じ且つダイナミクスを殺さずにレベル差を小さくしたいという場合、レシオは2:1~8:1程度の範囲にしたほうがいいだろう。
スレッショルド
今回の目的に限った話ではないのだが、コンプレッサーを使う場合は「スレッショルドは何dBにしたらいいか?」という考え方は捨てたほうがいい。
なぜならスレッショルドの値というものはソースが入力されるレベルによって変動するものだからだ。
重要なのは「スレッショルドは何dBにしたらいいか?」ではなく「どのくらいレベルを圧縮するか?」。
すなわち「圧縮量を何dBにしてやるか?」だ。
つまり、気にしなければならないのはスレッショルドの値ではなくゲインリダクションメーターなのだ。
スレッショルドを設定するときは「圧縮量」と「音質の変化」を確認しながら適正な値を探っていくことになる。
今回のような目的の場合であれば、ゲインリダクションが大きいところ(要は最初に出てきた赤マル部分)で5dB〜7dB程度になるように設定してやるといいと思う。
で、一般的なボーカルや生楽器のソースでこの圧縮量に到達させようとすると、圧縮したい部分以外にもスレッショルドが届いてしまっている状態になると思う。
イメージとしては以下のような感じ。
縮められるレベル差が小さくなってしまうので一見イケてない設定かのように思えるが、実はこれが一番仕上がりが自然で効率のいい設定と言える。
ここでちょっとした小ネタを。
実は、コンプレッサーは機種によってはスレッショルドの値と実際に圧縮を開始するレベルに差が設けられている場合がある。
っというかメジャーなコンプレッサーのほとんどがそのタイプだ(笑)
例えばWavesのR-Comp(Renaissance Compressor)はスレッショルド値と実際にコンプレッサーが動作するレベルに3dBの差がある。
つまり、スレッショルドの値を0dBに設定したとしても、実際には-3dB以上の音を圧縮しているということだ。
・・・・・・えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?
っと思うだろうがこれは各コンプレッサーの仕様によるもの。
そういうものだと割り切ってもらうしかない。
まあ、そんな理由からもスレッショルドはスレッショルドの値ではなく、ゲインリダクションを確認しながら設定してやる必要があるということを覚えておいてもらいたい。
アタック
レシオ低めならアタック早め(〜20ms)
続いてはアタック。
レベルの大小差を小さくしたい場合、ポイントになるのは一番レベルが大きくなる音のド頭部分(アタック成分)。
ここが上手く潰されるようにアタックを設定してやる必要がある。
で、このド頭部分を圧縮する場合アタックの設定の仕方は大きく2パターン考えられる。
一つ目は、アタックをド頭部分よりも早く設定してぶっ潰すという方法。
これはイメージしやすいと思う。
潰したい部分はド頭部分なわけだからそこがキッチリ潰れるようにしてやるという理にかなった設定。
そしてもう一つが、アタックをド頭部分よりも遅く設定して緩やかに潰すという方法。
これはコンプレッサーの動作原理が理解できていないと出てこない発想。
前回説明したとおり、アタックは「レシオで設定した圧縮比率に到達するまでの時間」。
なので、いくらアタックをド頭部分よりも遅く設定したとしても、ド頭部分はほんのりと圧縮されるわけだ。
前者はド頭部分をガツンと抑え込みたい場合、後者はド頭部分を適度に残しつつレベルを抑え込みたい場合に適している。
では、今回の目的の場合どちらの設定が適しているのか?
ボーカルや生楽曲にとってド頭部分のアタック成分は音楽的にも非常に大事な部分。
下手に潰してしまうとなんとも情けない音になってしまうし、結果的に音像も奥に引っ込んでしまう。
ということで、ボーカルやキック、スネア、アコギ、エレキベースなどはアタックは遅めに設定するのが一般的・・・なのだが、こちらもどちらが適しているかは一概には言えない(笑)
アタックを早めに設定したとしてもレシオやスレッショルドが浅めであればアタック成分はきちんと残る。
逆にアタックを遅めに設定したとしてもレシオやスレッショルドが深めであればアタック成分はぶっ潰れる。
なので、しいて言えば、
・レシオ高めならアタック遅め(40ms〜)
・レシオ低めならアタック早め(〜20ms)
といった感じにしてやるといいと思う。
ただし、できるだけ音質を整えたい、全体的にコンプ感を得たいという場合はやはりアタックは遅めに設定したほうがいいだろう。
いずれにしても最終的には己の耳でポイントを探っていくことになる。
オススメの手順としては、まずはアタックを最速に設定、徐々に遅めていき「ここだ!」というスポットを探るという手順。
最初はなかなか難しいかもしれないが、慣れてくると「あ、ド頭部分が全部出た!」とか「オレ今、まさにド頭を潰してる」という感覚がわかるようになってくるはず。
リリース
最後にリリース。
こちらは基本的にピークを捉えた後はさっさと圧縮を解除するように早めの設定でいいと思う。
ただしポンピング現象には注意。
サスティンが長めのソースの場合は特に注意してほしい。
アタックと同様、最初はリリースを最速に設定して徐々に遅くしていき自然に繋がっているように聴こえるポイントを探ってやるのがいいと思う。
こちらも確認するのはやはりゲインリダクションメーター。
リリースが早ければ早いほどGRが0に戻るスピードが早くなり、遅ければ遅いほど戻るスピードが遅くなる。
コンプ掛かりっぱなしにする場合はかなり遅めに設定してもいいと思う。
まとめ
今回はここまで。
ゲインリダクションメーターと己の耳を頼りに各パラメータを設定してみてほしい。
ポイントとしては、
・大小差は小さくなっているか
・ダイナミクスレンジを狭めすぎていないか
・アタック成分を潰しすぎていないか
・音質の変化は許容もしくは狙いどおりになっているか
といった感じだろうか。
アタックとリリースについては、慣れないうちはプリセットを参考にして設定したりオート機能を使用するのもいいだろう。
また、レベルの大小差を小さくすると言っても、圧縮による音質の変化を考慮するとコンプで揃えられるレベルの大小差は決して大きいとは言えない。
コンプ感をプンプン出したい場合を除いては、レベルフェーダーのオートメーションと併用することを前提に処理したほうがいいだろう。
次回は今回の応用になるが「音を前に出す」、「音圧を稼ぐ」場合のコンプの使い方の解説をしてみたいと思う。
ではでは。