どもども。
今回は、複数のトラックの奥行をコントロールする方法を紹介してみようと思う。
ここまでは1つの空間に1つのソースがある場合のリバーブの使い方についてウンチくってきたが、例えば1つの空間内でAトラックを一番奥に、Bトラックをその前に、Cトラックを一番前に配置したいといったような場合、リバーブの設定はどうしてやればいいのか?
音の大きさと残響時間の関係
さて、本題に入る前に新たな予備知識をひとつだけ。
学生の頃に体育館で遊んだときのことを思い出して見てほしい。
バカでかい声で騒いでいるヤツの声はビンビンに響いていたが、近くの友達との会話はほとんど響いてなかったと思う。
デカい声は響く。
小さい声はあまり響かない。
このことから、音の大きさと残響時間は何らかの関係があることが想像できる。
ちょっと計算してみる。
残響時間を求める計算式は、
残響時間=0.161×空間の容量÷空間の表面積×吸音率
体育館の大きさを30m×30m×30m、吸音率を1.0、デカい声の音圧レベル(音量)が100dB、小さい声が60dBとすると、
残響時間=0.161×27000÷(900×6)×1.0=0.805
この体育館での残響時間は0.805msということになる。
・・・そう。
残響時間の計算式には音圧レベルを入れ込む場所がない。
つまり、残響時間と音の大きさは何の関係もないのである。
デカい声も小さい声も残響時間は共に0.805msということになる。
「いやいやいやいやいや!あきらかにデカい声の方が残響時間が長いじゃねーか!」
と思った人も多いだろう。
しかし残響時間はどちらも0.805msなのだ。
なんとも不思議な話だが、実はこれ、全然不思議な話ではない。
不思議に思った人はおそらく、
残響時間 = 残響が聴こえなくなるまでの時間
だと思ってる人だろう。
いや、あながち間違いというわけではないのだが、その説明で乗り切れるのは扱うトラックがひとつだけの場合まで。
複数のトラックを扱うとなるとちょっとした問題が発生してしまう。
何故か?
それは残響時間とは正確には、空間に存在する反射音の音圧レベルが直接音に対して60dB減衰するまでに要する時間だからだ。
残響が聴こえなくなるまでの時間と何が違うのか?
ちょいと考えてみる。
まずデカい声。
直接音の音圧レベルを100dBと仮定した場合、60dB減衰した反射音の音量は40dB(100-60)。
次に小さい声。
直接音の音圧レベルは65dBと仮定した場合、60dB減衰した反射音の音量は5dB(65-60)。
つまり、0.805ms経過した時点での音圧レベルはデカい声の反射音は40dB、小さい声の反射音は5dBということになる。
で、ここからが大事。
人間の耳には可聴音圧レベルってものがある。
それ以下の音は人間の耳には聞こえませんよってレベルだ。
で、人間の耳の可聴音圧レベルは約10dB。
そう。
ってことは、0.805ms経過した時点でデカい声の反射音は聴こえているが、小さい声の反射音は既に聴こえなくなっているということだ。
つまり、同じ残響時間でもソースの音圧レベルが異なれば、残響が聴こえなくなるタイミングが変わってくるということになる。
例えばドラムとギターとボーカルが一つの空間でなっている場合。
現実空間においてそれぞれの音圧レベル(音量)は以下のような感じ。
ドラム 130dB程度
ギター アンプの出力によるがアコースティックギターは100dB程度
ボーカル 80~110dB程度
音圧レベルはバラバラ。
ってことは残響が聞こえなくなるタイミングもバラバラということになる。
同じ空間だから、残響時間が一緒だからといって、すべてのソースの可聴残響時間を同じにすればいいというわけではないということだ。
よりリアルな空間を演出しようとした場合、音圧レベルの一番大きいドラムの残響を一番長く、ギター、ボーカルをそれより短くするなどの工夫が必要になる。
まあ何度も言うようにリアルなミックス=良いミックスではないので、必ずしもボーカルの可聴残響時間がドラムのそれよりも短くなければいけないというものではないが、いずれにしても複数のソースを扱う場合はこのことを頭に入れておかないとうまく空間を作ることが出来ない。
複数のトラックの奥行を別々にコントロールする場合のルーティング
では、上記を踏まえていざ実践。
まずはルーティングを考えてみる。
トラックの数がひとつの場合、センドでリバーブを使用する場合のルーティングは以下のような感じ。
AUXチャンネルを作成してそこにトラックのSEND出力を送る。
で、このAUXチャンネルに複数のトラックのSEND出力を送ってやれば複数のトラックの残響音を生成することは可能。
実際のところこの手法は30年くらい前に我々素人の間で主流となっていた手法。
当時はプラグインエフェクトは疎かコンピュータも家庭に普及していない時代。
素人が使うリバーブなんてミキサーやMTR(昔の宅録機材)にオマケ程度に付いている簡易リバーブが主流。
ギター用のリバーブエフェクターならまだしも、ミックスで使うようなアウトボードのリバーブを持っているヤツなんてまずいなかった。
ましてや複数持っている素人なんて近所でも評判になるレベルの変わり者くらいだったのではないだろうか?
当時はそんな時代。
それしか方法がなかったのだ。
しかしそんなお財布にやさしいこの手法、実は致命的な欠点がある。
それは、
『トラックごとにプリディレイを調整することができない』
ということだ。
ひとつのリバーブで設定できるプリディレイの値はひとつだけ。
つまり、全てのトラックの残響音のプリディレイの値が同じ値になってしまうわけだ。
前回もウンチクったが、音の前後に影響を与える要素は『原音と初期反射音の音量差』と『プリディレイ』。
そのひとつがコントロール不能になってしまうのだ。
これはもう当時の素人にとって目を瞑るしかない問題だった。
当時は、もう一方の要素である『原音と初期反射音の音量差』のみで音の前後を表現しようと試行錯誤したもんである。
まあ細かいことは気にしないという人にとっては大した問題でもなかったかもしれないが、筆者のように理屈っぽく、めんどくさく、足もクサく、人として大事な何かが明らかに欠落しており、極端にMに偏った人間にとってはこれは致命的な問題だった。
そうは言っても金は無い。
目を瞑るしかなかったのだ。
しかし、時は流れて2021年。
家庭用コンピュータの性能がすこぶる高くDTM環境が大幅にパワーアップしている現在では、マシンが泡を吹かない限り無限にプラグインリバーブを立ち上げられる。
つまり、設定したいプリディレイ値の数だけ(表現したい奥行きの数だけ)リバーブを用意してやることができる。
今回の例で言えば、一番奥のA用、その前のB用、一番前のC用の3つのリバーブを用意してやれば、3種類のプリディレイを設定することができる。
これが今の時代オススメのルーティング。
実際にやってみる。
Apple Logicの場合なら、まず表現したい音の前後の位置の数だけAUXチャンネルを作成。
ここでは『一番奥』、『真ん中』、『一番前』の3つのAUXチャンネルを作成してみる。
したらばAUXチャンネルごとにリバーブを挿入。
表現したい前後の位置に合わせて各トラックのSEND出力を送ってやる。
今回の例で言えば『一番奥』にドラム、『真ん中』にベース&ギター、『一番前』にボーカルのSEND出力を送る。
これで各トラックのプリディレイを個別に設定することができるようになる。
Sendノブの調整
さて、ルーティングが完成したらいよいよ音の前後の調整。
方法はトラックがひとつの時のそれと変わらない。
『プリディレイ』と『原音と初期反射音の音量差』を調整してやればいい。
ただしトラックが複数の場合は、前述の原音の音圧レベルの違いによる聴覚上の残響時間の違いも考慮してやる必要があるので注意。
実際にやってみる。
サンプルはこちら。
前回までのドラムのサンプルにベース、ギター×2本、ボーカルをのっけたもの。
こいつを以下のように聴こえるように各音源の前後の位置を調整してみる。
空間の大きさ:5m×5m
リスナーからドラムまでの距離:4m
リスナーからベース&ギターまでの距離:2m
リスナーからボーカルまでの距離:1m
図にするとこんな感じ。
まずは各ソースの位置と音圧レベルの違いを整理。
これをもとに各パラメータのポイントを整理してみると以下のようになる。
これを念頭においていざ実践。
調整はどのソースからでもOKだが、筆者の場合奥に配置するものから調整する場合が多い。
今回の例で言えばドラム、ベース&ギター、ボーカルの順。
あ、でもストリングスを入れる時はドラムの後に調整してるな・・・。
・・・ま、好きにすればいい(オイ)
ということでまずはドラムの奥行きを調整。
前回紹介した方法で5m×5mの空間の一番奥にドラムがある状態を作った後、リスナーとの距離が4mくらいに感じるようにプリディレイとSendノブを調整。
ここでは以下のように設定。
プリディレイ:7ms
残響時間:0.2255sec
Sendノブ:-3dB
するとこんな感じに。
【処理前】
【処理後】
全部鳴らすとこんな感じ。
【処理前】
【処理後】
次にベース&ギター。
ドラム用リバーブで設定したセッティングをベース&ギター用リバーブにコピー。
したらば表現したいリスナーとの距離に合わせてプリディレイを変更。
ここではリスナーとの距離を2mとしたいので8msに設定。
次にSendノブ。
リスナーとの距離が2mに感じるようにSendノブを0dBより小さくしていく。
Send量が少なくなるほど原音と初期反射音の音量差が大きくなっていくので、ドラムよりも音源の位置が前に出て聴こえるようになる。
同時に聴覚上の残響時間も短くなっていくが、前項でウンチクったとおりベースとギターの音圧レベルはドラムよりも小さい。
なので聴覚上の残響時間も短くなって無問題。
『原音と初期反射音の音量差』と『聴覚上の残響時間』の2つを同時にウォッチすることになるが、どちらか一方の調整が気にくわないと感じた場合は、まずSendノブで原音と初期反射音の音量差を調整して、後からリバーブのパラメータで聴覚上の残響時間を調整するといい。
実際のところ残響時間の微調整が必要になる場合も多い。
ま、あんまり細かいことは気にしないという人はSendノブのみでこの2つがバランスよくまとまるように調整するだけでも全然OK。
ここでは以下のように設定。
プリディレイ:11ms
残響時間:0.2255sec(イジらず)
Sendノブ:-13dB
するとこんな感じに。
【処理前】
【処理後】
全部鳴らすとこんな感じ。
【処理前】
【処理後】
ドラムよりも手前にあるように聴こえるだろうか?
製作中の曲でサンプルを作っているので、ギターにディレイが掛かっていたりするがその辺はご愛敬(汗)
ビフォーアフターで効果を確認して欲しい。
最後にボーカル。
同じくドラム用リバーブで設定したセッティングをボーカル用リバーブにコピー。
したらば表現したいリスナーとの距離に合わせてプリディレイを変更。
ここではリスナーとの距離を1mとしたいので12msに設定。
次にSendノブ。
同じくリスナーとの距離が1mに感じるようにSendノブを0dBより小さくしていく。
音圧レベルはパートの中では一番小さくなるのでリアルさを求めるのであれば聴覚上の残響時間も一番短くなる。
ここでは以下のように設定。
プリディレイ:12ms
残響時間:0.2255sec(イジらず)
Sendノブ:-13.5dB
するとこんな感じに。
【処理前】
【処理後】
全部鳴らすとこんな感じ。
【処理前】
【処理後】
ドラムの前、ベース&ギターのきもーち前に聴こえるだろうか?
こちらもディレイが掛かっているがご愛敬。
正直ボーカルについてはリアルさ云々はさておいて深めにプレートリバーブをかけたりする場合も多いのだが、今はドライ気味のミックスも全然アリな時代なのでリアルさを追求しても全然OKかとは思う。
まとめ
今回はここまで。
調整が必要なリバーブの数が増えただけでやっている内容自体は前回と一緒。
今は、マシンの限界が来ない限りいくつでもリバーブを立ち上げられる素晴らしい時代。
いろいろと実験してみてほしい。
さて、無事に全てのソースの残響を生成することができたのでリバーブ編はこれで終了!・・・っと言いたいところだが、出来上がったサンプルを聴いてみるとリアルっちゃリアルなんだろうが音楽的にどうなんだろうと思うところも多いと思う。
そう、まだ終わりではない。
実際のミキシングではここから生成した残響音にエフェクトをかけたり、ステレオ感を調整したりして聴きやすさや雰囲気をコントロールしていく。
そろそろ疲れてきたころだろうがあと数回お付き合い願いたい。
ということで、次回はリバーブ成分のEQ処理についてウンチクってみようと思う。
ではでは。