「ミキシングはエンジニアの仕事」
プロフェッショナルの現場では今でも当たり前のこの考えが、なぜか一般DTMユーザーの間では通用しなくなってきている。
なんとも皮肉なこの現象(笑)。
DAWやプラグインエフェクトが普及したことにより、一般DTMユーザーでも高度なミキシングが出来る環境が構築出来るようになってきたことが最大の理由だろう。
自分で出来るなら自分でミキシングまでやりたいという思いに駆られるユーザーが増えるのは当然。
しかし、おかげで最近ではすっかりミキシングの技術が作品の評価に含まれる風潮になってしまった。
曲や歌詞、演奏を聴いてほしいのに全く関係のないミキシングの技術で突っ込みを受けるようになってしまったのだから作曲者やミュージシャンにとってはただただ迷惑な話である。
本来であれば、作曲者やミュージシャンは楽曲の製作に集中するべき。
ミキシングはエンジニアに任せたほうがいいし、ミキシングに関する評価なんてほっとけばいい。
・・・と言いたいところだが、完成度の高い作品が多い中ではちゃんとミキシングされていない作品が日の光を浴びずに埋もれてしまう可能性が高いのも事実。
イントロを聴いただけで終了という状況は、作品を作る立場としては避けたいものである。
そんなこともあり、ミキシングの知識は今や作曲者やミュージシャンにとっても重要な知識となりつつあると言える。
ということで、ミキシング超初心者の方向けにミキシングの知識を紹介してみようと思う。
まずは予備知識編。
ミキシングを始めるにあたって覚えておきたい基本的な知識、考え方を紹介してみたいと思う。
ミキシングとは?
音楽におけるミキシングとは、
「限られた環境で音が最適に聴こえるように調整する作業」
のことである。
つまり、リスナーのオーディオ環境で自分の作品が最適に聴こえるように調整する作業、それがミキシングということになる。
また、ミキシングしたものを最終的に一つのオーディオデータとして書き出す作業のことをミックスダウン(トラックダウン)と言い、デジタルオーディオにおける1つの楽曲を製作するうえでの最終工程という位置づけとなっている。
2ミックス
さて、ではここでリスナーのオーディオ環境というものを考えてみる。
結論から言うと、自分の作品を聴くであろうリスナーのオーディオ環境は99%の確率でステレオ環境だと言える。
ステレオは、左右2つのチャンネルによって音の定位(左右)を表現する技術で、現在の世界のオーディオ環境のスタンダードとなっている。
ステレオ方式のオーディオ機器の見た目の特徴は左右に1つずつ、合計2つの音の出口(スピーカー)。
まわりを見渡せばわかると思うが、コンポやカーオーディオ、テレビ、iPodなど、我々を取り巻くほぼほぼ全てのオーディオ機器がこのステレオという方式を採用していることがわかる。
その普及率ったらハンパない。
それ以外のオーディオ環境を見つけることの方が難しいくらいだ。
なので、リスナーのオーディオ環境というものを考えた時も、このステレオ環境以外は考えにくいというわけだ。
中にはサラウンドなど、ステレオ以外のオーディオ環境のリスナーもいるとは思うが、間違いなく現時点では少数派である。
また、それらで再生されるCDやMP3、ネットの動画などのオーディオデータは、当然ステレオ環境で再生されることを前提にミキシングされており、左右2つのチャンネルで構成されるステレオ方式のオーディオデータとしてミックスダウンされている。
ステレオのオーディオデータ。
LとRの2つのチャンネルで構成されている。
故に、自分の作品を多くのユーザーが最適に聴けるようにしてやるためには、ステレオ環境で最適に聴こえるようにミキシングしてやり、最終的にステレオのオーディオデータとして書き出してやるのがベストということになる。
また、このようにステレオ環境で最適に聴こえるようにミキシングして、最終的に左右2chから構成されるステレオ方式のオーディオデータとしてミックスダウンすることを2ミックスと言う。
音の配置を考える
では、ステレオ環境で最適に聴こえるようにしてやるには具体的にどんなことをしてやればいいのか?
その答えは人間の耳の欠点にある。
人間の耳は非常に高性能だが、
「複数の音が同じ位置から出ている場合、それらをうまく分別して聴き取ることが出来ない」
という欠点がある。
例えば、ドラム、ベース、ギター、ボーカルなどの全てのパートが一箇所から出力されると、人間の耳はそれらをうまく分離して聴き取ることが出来ず、くっついて聴こえたり、またはいずれかのパートが聴きとりにくいという現象がおこってしまうのだ。
これが俗に言う「かぶっている」「ダンゴになっている」という現象。
なので、全てのパートがきちんと聴こえるようにするためには各パートの音の出どころがかぶらないようにうまく配置してやる必要がある。
ものすごく簡単に言ってしまえばそれが最適に聴こえる状態と言える。
実際には、この他にも質感などの様々な要素が合わさって聴こえやすいと感じるのだが、そこは人それぞれの好みが入ってきたりもする。
万人にとっての最適な状態は何かと考えると、やはりきちんと音が配置されている状態ということができるだろう。
ステレオ環境で表現できる空間
ということで、さっそく配置を考えてみる。
ステレオは音の左右を表現する技術だが、配置を考えなければならないのは決して音の左右だけではない。
ステレオ環境で表現できるのは、
・音の左右
・音の前後
・音の上下
の3つ。
リスナーの前に以下の図のような空間を作り上げることが出来るわけだ。
リスナーの前にこのような箱があるイメージ。
ステレオ環境におけるミキシングは、この箱の中に各パートの音をバランス良く配置していくという作業になる。
とは言ってもいきなり3Dで配置を想像するのは意外と頭が混乱するので「左右と前後」、「左右と上下」に分けて考えると分かりやすい。
音の左右と前後を表す配置図。
音の左右と上下を表す配置図。
音の左右と前後
まずは音の左右と前後の配置を考えてみる。
音の左右と前後については基本的には、
・主役ほど中央、脇役ほど左右。
・主役ほど手前、脇役ほど奥。
という考え方で配置を決めていく。
実際にライブ等の経験のある方はライブハウスでの各パートの配置を参考にするのもいいだろうし、そういった経験のない人は、ライブやコンサートの映像を見て配置を決めるという方法でもいいと思う。
一般的な4人編成バンドの配置例。
オーケストラの配置例。
ただし、リアルな配置が必ずしも最適な2ミックスになるとは限らないということは覚えておいてほしい。
例えばベース。
ベースは楽曲の土台となる重要なパート。
ベーシストとベースアンプは左にあるからと左に寄せて配置すると、重心が左に偏ってしまい楽曲の安定感が低下してしまうという現象が起きてしまう。
なので、あくまで楽曲全体のバランスを考えて2ミックスで最適に聴こえるように配置してやるということが重要だったりする。
また、ライブハウスに行ったことのある方ならわかると思うが、ライブハウスでも実際は各楽器の音はそのまま客席に届けられることは稀で、マイク等で一旦PA側に集まり、聴こえやすいようにミキシングされてスピーカーから客席に届けられる。
会場内の全ての人に最適に聴こえるようにミキシングしてるわけだ。
そんなこともあり、リアルな配置=2ミックスで最適な配置とはならないので覚えておいたほうがいい。
一般的にセンター(中央)に配置したほうが良いとされているパートは、
・キック
・スネア
・ベース
・主役(ボーカル、ソロ)
などが挙げられる。
特別なこだわりがない場合は、この4つのパートはセンターに配置したほうがいいだろう。
ただし、バンドものなどでリアルな生演奏感、ライブ感を出したいという場合は、あえてリアルな配置にミキシングするという場合もある。
結局は自分がどんな空間をリスナーに提供したいかになってくるのだが、ミキシングをする場合はリスナーの存在を忘れないことが重要。
その他のパートについては、これが正解というものはないのだが、定番の配置はあったりするのでいくつか例を見てみる。
オーケストラやコーラスを入れた大規模なバラード。
ツインギターのバンドモノ。
基本的に歌モノは主役であるボーカルがセンターの一番手前配置、それを囲むように他のパートを配置するのが王道。
ボーカル以外のセンターに配置したいパートはボーカルの後ろに配置していく。
その他のパートの配置例としては、
ピアノはセンターから左右どちらか20~45%あたり。
ギターは左右どちらか70~100%あたり。
ドラムセットはセンターを中心に左右30~70%の間に展開。
ストリングスは奥に配置して全体を包むように配置。
といった感じだろうか。
また、ドラムセットの各キットの配置は、センターを中心に左右70%の位置に展開するとした場合、
キックはセンター
スネアはセンター
ハイハットは60%あたり。
タムはセンターを中心に40%の間に展開。
クラッシュは70%の位置。
ライドは45%あたり。
といった感じ。
あくまで一例だが、こんな感じで左右と前後の配置を考えていく。
基本的なドラムセットの配置。
音の上下
さて、次は音の上下。
「いやいや!スピーカーは2つしかないし、両方同じ高さに置いてあるから上下は無いでしょ!」
「同じ高さにある耳の穴にイヤホン突っ込んでるんだから高さはみんな同じでしょ!」
と思った人もいると思う。
・・・いない?
ちなみに筆者はミキシングを始めて勉強したときに、
「上下は物理的に不可能だろ!」
と思った人間である。
・・・筆者だけ?
ま、思った人がいるという体で話を進めさせてもらう。
この音の上下というのはいわゆる音の「高低」のことである。
腹にズーンと響く低い音と耳にキーンとくる高い音というのが一番わかりやすい例だろうか?
この聴こえ方の違いは、音の周波数成分の違いによるもので、基本的に、
周波数が高い音ほど上の方から聞こえる。
周波数が低い音ほど下の方から聞こえる。
という特徴がある。
この特徴を利用して音の上下の配置をコントロールしてやるわけだ。
周波数の単位には「Hz(ヘルツ)」が用いられ、人間の耳で聴くことが出来る周波数帯域はおよそ20~20,000Hzと言われている。
20Hzに近いほど下の方から聴こえ、20,000Hzに近づくほど上の方から聴こえてくるというわけだ。
例えば、キックやベースは30~200Hzあたりの周波数成分を多く含んでいる。
対して、ハイハットやシンバル等は4,000~16,000Hzあたりの周波数成分を多く含む。
キックの周波数成分。
ハイハットの周波数成分。
この場合、楽曲の中でキックやベースは下の方から、ハイハットやシンバルは上の方から音が聴こえるということになるわけだ。
・・・ということは。
そう。
音の上下の配置は各パートの周波数特性でほぼほぼ自動的に決まるわけだ。
じゃ、調整なんていらないじゃん!と言いたいところだがそうでもない。
ミキシング初心者の方に衝撃的な事実をお見せする。
以下の図を見て欲しい。
これは代表的なパートの周波数特性を大雑把にまとめたものだが、どのパートの周波数成分もほぼほぼ可聴周波数全域に広がっていることがわかると思う。
このように、実は楽器の周波数成分はメインとなる周波数成分というものはあるものの、他にも様々な周波数成分で構成されており、楽曲の中ではそれらが複雑に重なり合っている。
つまり、何の処理もしてやらなかった場合、各パートの音の出どころははっきりしておらず音の上下の配置がぐちゃぐちゃな状態になっているわけだ。
何の処理もしていない状態のイメージ。
見てのとおりグチャグチャ。
そこで、イコライザーなどのエフェクトを使用して各ソースの周波数成分を整理してやることで、上下の配置が明確になるように調整してやるわけだ。
周波数帯域の住み分けをしてやることで各ソースの音がしっかりと聴こえるようになる。
こんな感じで音の上下の配置を考えていく。
ただし、ここで作る上下の配置はあくまで各パートのメインとなる周波数成分の配置だということを覚えておいてほしい。
先ほどの図のように、各楽器の周波数成分はほぼほぼ可聴周波数全域に広がっている。
「かぶらなきゃいいんでしょ?だったら周波数が重なってる部分を全部カットしちゃえばいいじゃん!」
と思った方もいるかもしれないがそう単純なものでもない。
周波数特性を変化させるということは音色を構成する成分を変えるということ。
音色の変化を伴うわけだ。
キックのように各周波数帯域に空気感、アタック音、ビーターが当たる音等いろいろいろな要素がちりばめられている場合も多い。
下手な箇所をバッサリカットすると音色を構成する重要な部分を削ぎ落としてしまう可能性があるのである。
アタック感ゼロのキック、ボディの鳴りがゼロのギター、まるでタムのようなスネア、やせ細ったボーカル・・・やってみればわかるがとても聴けたもんじゃない。
なので、ここでの配置はあくまで各パートのメインとなる周波数帯域の配置。
各パートの周波数帯域をバッサリと分離させるというわけではなく、メインとなる周波数帯域の位置がかぶらないようにバランスよく重ねていくというイメージになる。
ステレオとモノラル
さて、最後にもうひとつだけ予備知識を。
ステレオのオーディオデータは左右2chで構成されてるが、これに対して1chだけで構成されるオーディオデータをモノラルと呼ぶ。
このステレオとモノラルという概念は最終的なオーディオデータだけの話ではない。
各トラックのソースにもステレオとモノラルというものがある。
面白いのは、現在音楽を聴く方式はステレオが主流だが、各トラックのソースはモノラルで扱うのが一般的。
モノラルソースはステレオに比べて何かと扱いやすい、安定しやすいと言われている。
実際に比べてみると、音が一点に集中しているため非常に扱いやすく感じるはずだ。
もちろん、パッドやストリングスなど左右に大きく広げたいパートや、響きを重要視したいアコースティックギターなどはあえてステレオで扱ったりするが、特別理由がない場合はモノラルで扱うのが一般的ということを覚えておいたほうがいい。
今回はレコーディングの方法については触れないが(・・・というか触れられない)、各楽器のレコーディングをする場合もステレオ、モノラルを使い分けてレコーディングを行う。
まとめ
「ミキシングと言えばイコライザーやコンプレッサー」というイメージが強い人も多いと思うが、それらは「こうしたい」という目的があって初めて使用するもの。
この作品をこう聴かせたい。
↓
そのためにはこんな空間を表現する必要がある。
↓
となるとこんな配置にしなければならない。
↓
だからエフェクトを使う。
これが本来の流れ。
コンプにしろイコライザーにしろ、使ってみたいからとかミキシングと言えばこれらしいからという理由で目的もなく挿すなんてことをやってしまうとミキシングはなかなか上手くいかない。
どんな空間を表現するのかをしっかり決めて、それを達成するための手段を身につける勉強をしたほうが俄然上達する。
まずは作品をどう聴かせたいか。
これが重要。
というわけで、今回はミキシングの基本的な知識と考え方について偉そうに能書き垂れさせてもらった。
次回は「下ごしらえ編」。
より実践的な内容に移っていこうと思う。